それでは高野山へ上がります

何気に選んだ宿坊は、
本堂が、昭和8年再建。
昭和8年は、私の亡き父の
生まれた年です。
私の今回の高野山行きは、
父の因果応報祓い
もあるのですが、

父の唯一の遺言は、
高野山で修行をした、
我が曽祖父の遺骨を探して、
(何故か、創価学会に
預けられてました)
一緒に墓に入れてほしい。
ということでした。

井上家の墓は、
私が創りました。

父は、
自分の墓など無いのに、
宗教すら定かで無いのに、
20代の私に、
全てを任せたわけです。

そして、
何気に選んだ、

こちらの宿坊には、
平成26年(2014)6月24日、
佐伯住職のもと、
「昭和の快慶」と評される、
松久宗琳大仏師作による
十一面観音菩薩像、
光華観音菩薩像の
入仏開眼法会が
執り行われました。

と、あります。

ブログに
2010年記載してますが、
光華観音様の存在など、
知る由も無く、
吉祥研究会の
プログラムに、
私は、光華マスターの
称号を新設したのですが、
その時も、
106歳サライさんから、
祝福を受けましたが、
今、また、
光華観音様に、
招かれるとは。

世の中のことは、
見えない糸で、
手繰り寄せられているようです。

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